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人生を愛せ。愛する人生を生きろ。

死にゆく妻との旅路 清水久典 新潮文庫

2020/09/11 00:04 イベント 子ども 趣味 くらし 家族 健康

 高度成長期、縫製一筋に生きてきた私は小さな工場を経営し、苦しくとも充実した日々を送っていた。が、中国製の安価な製品が容赦なく経営を圧迫し始める。長引く不況、膨れ上がる借金。万策尽き果てた時、私は妻のガンを知った…。「これからは名前で呼んで」呟く妻、なけなしの五十万円、古ぼけたワゴン。二人きりの最後の旅が始まった―。

 清水久典 1947(昭和22)年、石川県生れ。中学卒業後、’63年から縫製会社に勤務。以後、高度成長期を縫製業一筋に生きる。やがて、自分の工場も経営するようになるが、中国製の安価な製品におされて経営は傾き、借金を背負う。


 20年ほど前だったかTVのドキュメンタリー番組で、老夫婦が頼る宛もなくホームレスの生活をしながら、夫婦で住込みの仕事を探している話がありました。記憶では最後にどこかの旅館で雇われて終わったと記憶していますが、あの二人はその後どうなったのか…

 似たようなホームレスの夫婦に、若者が因縁をつけて暴行し、夫は妻を逃がして殺され、妻は助かったという報道もありました。

https://mainichi.jp/articles/20200427/k00/00m/040/031000c

 私は世の中の明るい部分よりもこういった暗い部分がいつも気になります。だから、多くの人が支持する安倍総理の「美しい国、日本」というスローガンが大嫌いでした。ほとんどその言葉で彼を支持する気にならなくなったと言っても過言ではありません。綺麗ごとばかり見て生きている人たちに社会の底辺で暮らす人々の心が分かるわけはないのです。


 ちょっと美化されすぎのご夫婦像ですが…映画化もされています。著書を読んだことがある主演の三浦友和さんは、きっと原作を読んで複雑な思いを抱きながら演じたのだろうなあと思います。

https://www.youtube.com/watch?v=uOm9SGUTamk


 本書は小説ではなく、著者による手記です。

 たぶんこの本を読む多くの人は、著者のような生き方を笑ったりバカにしたりするだろうと思います。「やり方しだいでいくらでも何とかできただろうに」と感じるでしょう。でも、そう言う人は自分の本当の限界を経験したことがないのです。精神的に自分のキャパをオーバーする局面に陥ると、人は何もできなくなります。少なくとも心の弱い自分は何度もそれを経験して知っている。

 精神的に強い人や運の良い人は、自分が対応不能な状況に陥ったことがないから、分からないのです。でもそれはある日突然やって来ます。ひき逃げ事件の多くの理由はそれです。

 意外ときちんとしているはずの人がひき逃げをします。立派な地位や経験のある人が(まさか自分が…)という出来事に直面すると、自分の中でそれを消化しきれず(被害者に)責任転嫁して逃げ出すのです。自分がどこかで失敗を犯す可能性を疑ったこともなかったのでしょう。

 個人的に起業や個人ビジネスは、理屈は分かっていても恐くてヤル気にはなりません。商売というのは、ほどほどの成功というのは滅多にないと考えます。物凄く売れて寝る間もないほど忙しくなるか、全然仕事が取れずに潰れるか。9割以上はそのどちらかではないでしょうか。

 この本の著者は起業して一度はそこそこ成功を収めますが、やはり年から年中多忙だったような印象です。そしてある日突然仕事がなくなる。起業して会社を経営できる度胸のあるような人がこんな人生の黄昏を歩んでゆく…



 それでも最後に彼が平穏な生活を得られるのは、家族や親族に恵まれていたからです。彼は不器用ではあったかも知れないが、見下げ果てるような人間ではなかったから誰もが見捨てなかった。人間の中の弱さと誠実さ、思いやりと感傷、希望的観測と厳しい現実、別れ…

 似たような人生の末路で、自殺や無理心中など最悪のパターンへ向かう場合の方が多そうな状況の中、彼はただ全てを放り出して妻の死を見つめ続けた。

 そんなに凄いお話ではありません。とくに傑作とは思いません。でも、夫婦と家族の絆を持つ人にとっては、独身で高齢の親と暮らすだけの私よりははるかに、今後の人生へ1つの参考になるような実話ではないかと思います。

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